すばらしい……蟲の世界

 黒に続き、カッコイイ…heart04

 誰かと申せば、蟲師のギンコ。

 アニメーション先行です。あまりにもすばらしい世界観に魅せられて、原作を購入。

蟲師 (1) アフタヌーンKC (255)

蟲師 (1) アフタヌーンKC (255)

著者:漆原 友紀

蟲師 (1)  アフタヌーンKC (255)

 まったく、なんてぇ、美しい映像だろうか。幻想的な深い森や山の中、でもしっかりと生活している人のいる里山。

 これほどまでに原作が忠実に再現されたアニメーションって、今までにみたことがあるでしょうか。無い、無いですの。
 どのくらい忠実って、台詞を漫画のネームそのままってのは最近はよくあるけれど、なんだかもう、一言一句違えずとさえ感じるほどです。
 台詞だけでなく、画面の構図も、漫画の中の一コマ一コマの再現。

 以前、アニメーション先行で原作を読むと、声優さんの声が原作に引っ付いてくるのが気になるというようなことを書いたのですが、ここまで媒体による差異が認められないと、原作を読みながら中野裕斗さんの声が気にならないですの。
 恐るべし長濱博史氏の執念。

 いやぁ、ギンコ、かっこいいですのぉheart04
 過信ではなく自分の力を信じられる人って、そうそう居ないような気がしていますの。大きくて温かい心で、最善を尽くす。干渉せず、突き放さず。と、このようなところが、私にとってのギンコのカッコよさ。
 書きながらも、蟲との距離と同じくらい人との距離もあるような気がしてなりませんの。その距離が、お話の中に感じるすこしばかりの悲しみなのでしょうか。

 蟲と関わりを持つ人、その人々、自身の中に必ず悲しみを背負っていますのね。それは、蟲と関わりを持たない人の差別的な目が物語っていますの。
 設定は架空と思われるのですが、古い日本の風土、昔の日本人の社会観のようなものがあり、私的にはとても心地よいですの。あっしは古い人間ですから…think

 ファンタジックな物語だけれど、ん、人間が人間の世界に閉じこもって生き始めるようになる前は、こんなことが身近に起こっていたかもしれないと信じられるようですの。
 異形を知るものは、何処かしらそれに魅せられている。異形を知らないものは不安におそれを抱く。おそれを抱いたもの達はそのもの同士で寄り添って生きているうちに、すっかり忘れてしまったことがあるように思いますの。
 How to 本ではないのに、お役立ち度を高くしたのは……見えない何かだけれど在るもの、そんなものを感じ、畏れ敬う生き方を思い出すために、ちょっとだけ役に立ちますの。

 なんだか、とりとめなくまとまりの無いことばかりになってしまいましたの…。

 そんなこんなで、実写もあるらしい。微妙ですのぉ………。どなたか、実写オダギリジョー蟲師ギンコの感想をお聞かせください。 

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政府め…

 むう…angry
 いつからなのか?

 地上波でも、番組録画したものにコピーワンス印が付くようになっていたのは気付いていたのですが…。で、なぜ急に…と気になってはいたのですが…。異変は、それだけでは無かったですのweep

 気がつけば、DVDプレーヤーが電子番組表を受け取らなくなっていましたの。
 さんざん、取扱説明書を読んでみたけれど、解決せず。とりあえずは、ダイレクトに時間とチャンネルを設定して録画の予約をしてみましたの。
 ケーブルテレビに加入しているので、ケーブルの局に確認。

 むぅぅぅぅぅぅbombdash
 古い録画機(デジタル放送対応していない録画機)には、もう、電子番組表を送信してはいけないと、お上からお達しがあったそうなthunderthunderannoy

 レコードがじりじりとCDに乗っ取られ、ビデオテープがじりじりとDVDに乗っ取られ、そのDVDもじりじりとブルーレイに乗っ取られ、アナログテレビがデジタルテレビにじりじりと乗っ取られ……資本主義社会、庶民の懐具合なんて、お構い無しなのねっannoydash

 ケーブルテレビ局の勧誘文句に「ケーブルテレビに加入すれば、アナログのテレビでも買い換えなくてすみますよ。」と言うのがありましたけれども。
 ………うん、確かにテレビは買い換えなくてもいいのでしょうけれど。録画機に支障をきたすとは言ってくれませんでしたのよthink

 今期からは、深夜のアニメーション番組の録り損じが多発しそうですの…crying

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久しぶりに会えた…カッコイイ…

 見ごたえありましたの。『DARKER THAN BLACK 黒の契約者』
 とは言え、『流星の双子』の方を先に見ていたので、『黒の契約者』のラストもありですが、『黒の契約者』を先に見てのあのラストだったら、え?え?続きあるの?これで終わりじゃないよね?と、言いたくなるのは必至でしたの。唯一、視聴の順番が制作逆順でよかったかもと思えたところ。

 久しぶりに、この歳になってもカッコイイと思える男子・女子キャラ達に出会えたですのよ。
 実のところいい歳になってしまうと、まあだいたいのキャラクター達が、家人弐と同じ年頃であることが多いですの。うらこびとと家人弐は一世代ちがうので、要は自分の子どもと同じ年頃のキャラクターさん達な訳ですのよ。なので、カッコイイという評価がとても難しくなってきてしまうですの。
 ……冷静なうらこびとが、「いい歳して」と言っているようだけれど、ここは、目をふせ耳をふさぎで……

 で、まあ、ここは主役ということもあって、黒をとりあげるわけれすが…いやいや、黒の設定年齢は明らかに○十歳年下だろうけれど、「カッコイイ」という評価ができるほどのカッコイイなのですよ。
 李君の時と黒の時とのギャップ、日常トッポイ(ごめん、死語か?)と非日常アクション対比が実にいい。合理的に完璧な日常を演じる李君が、非日常の任務(契約者にとってはこちらの方が日常なのかもしれないけど)を完璧に合理的には果たさない思いを抱えている黒を際立たせていましたの。

 で、それは、どのキャラクターさん方も似ていて、「合理的に考えるのが契約者」という言葉とは裏腹に、皆がみな過去を引きずっていて、完璧に合理的に考えている契約者は数少ないように思えますのよ。それぞれのキャラクターの過去・生い立ちやらが丹念に描かれているので、結構、人情物語の気配がちらつきながらも、「合理的に考えるのが契約者」という設定とか都会的な廃頽的なゲートの風景とかが、泥臭さを消してセンスのよさとなっているように感じますの。
 むしろ、契約者でないパンドラの人間のほうが情の無い者に描かれていて、面白いですのよ。

 猫もカッコイイですの。飄々と達観したことを言いながらも、ついつい、首をつっこんじゃうと言うか災難に巻き込まれちゃうというか…フェルナンデスなんです…ぷぷッhappy02

 オマケの遊びの話も、かなりイケてましたの。
 特に、このオマケの遊びの話をも一度見たいと思って、レンタルビデオ屋さんへ行ったら、どこぞの誰かが大人借りをしていて全巻無かったですの。うんにゃ~、一週間待つのかぁ…catface

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対価…?代価…?胎果…ではない。

 家人弐がとりあえずの重荷から解放され、時間の有る限りアニメーションを見ていますのよ。

 『蒼穹のファフナー』の後は『エヴァンゲリオン』か…と思いきや、『DARKER THAN BLACK黒の契約者』に突入。
 家人弐は、いつぞやアニマックスで放映された『流星の双子』の方を先に見てしまっていましたの。うらこびとはといいますと、『黒の契約者』何話か見損ねていましたので、これを機に欠落部分を補おうと思います。

 たいか(音でしか聞いていないので文字が分からないのですが、代価だと「だいか」だから、やはり対価だろうか…胎果では別の話になってしまうのできっと違う)って、何で決まるのぉぉぉ?大飯食ったりタバコ吸ったり酒飲んだりだったらできそうだけど、異物飲み込んで吐き出すってのは、ちょっと勘弁だなぁ。って言ってるとそうなっちゃったりしますので、希望は述べないようにしておこうっと。
 対価の発想面白過ぎですの。対話(ミール)ごっこの後は、密かに対価ごっこが流行っているうらこびと家であります。

 しかしながら、古い順に見るべきでした。やはり、本にしろアニメーションにしろ、順番を逆にしてしまったら少々面白味に欠けてしまう部分がでてきますのね。
 マオが人間の身体を失ってしまった理由を『流星の双子』の方で聞いてしまっていたので、マオと似た能力の契約者が出てきた話で「身体をなくしてしまった」話題がネタバレになった状態。ちょっと、残念。
 推理小説の犯人知ってる状態とまでは言いませんが、こんな感じの、ちょっと残念がときどきでてきますの。
 そうかぁ、自身の身体を失うことで対価を払いきってしまうってのも、悲しいなぁ。普段、飄々としているマオの言葉だけに、しんみりしてしまいましたの。

 この、しんみりの間に、溜まっていた『レベルE』やら『放浪息子』やら『バクマン。』やらが入り込んできて、目がつかれました。こんなアニメーション三昧、…見れば見るほど、染色体に変化が出てきて、身体が薄っぺらく二次元化してしまいそうですの。

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肉じゃがかカレーか

 家人弐に「今から寝るから、一時間したら起こして」とたのまれました。「われわれは、うらこびとによってその要求を理解した。だが、われわれは、うらこびとによってその要求されたことを忘れる可能性がある。」………そう、忘れるという概念が…。

 冲方丁氏の『ストーリー創作塾』((株)宝島社)を読んだ家人弐、突然、「『蒼穹のファフナー』は『エ○ァン○リオン』の二番煎じってホントなの?」と質問を突きつけてきましたの。

 それにしても家人弐は、冲方丁氏との第一次接触が、かの『蒼穹のファフナー』でも、『マルドゥックスクランブル』でもその他の氏の小説でもない、『ストーリー創作塾』というのがいきなりすぎますの…coldsweats01

冲方式ストーリー創作塾

冲方式ストーリー創作塾

著者:冲方 丁

冲方式ストーリー創作塾

 で、実際に両方見るのがよろしいのではないでしょうか~、ということで、家人弐のペースでゆっくりと『蒼穹のファフナー』テレビシリーズを見終わりました。
 正直なところ、この作品は独りで見たいですの。ううう…号泣のファフナーですのぉぉぉぉと、もだえつつ、見終わった後には、秘かにミールごっこが流行っているうらこびと家。

 なんと言いますか、うらこびと的には………
 夏目漱石の『こころ』を読んだら、武者小路実篤の『友情』も読みたいと言いますか。
 ジャガイモと人参と玉葱があるとするでしょ、そうしたら、肉じゃがを作るかカレーを作るか。今日は肉じゃがで明日はカレー?とか。好みか好みじゃないか?とか。

 そんな感じですの。一言では、言えませんのよ…。 

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小説読んで、アニメーション見て、また小説読んで

 という訳で、『丕緒の鳥』を読んだ後、うっかりアニメーションの方も全話見てしまいました、『十二国記』であります。

 う~ん…やはり、オリジナルに無いキャラクターさんと話に、少々の残念感を抱きつつ、でも見入ってしまいましたの。もう、何度目かしら。学校から帰ってきた家人弐に、「また、見てんの?」と言われてしまいましたcoldsweats01 いや、いいんですよ。人が成長していく姿を見るのは、気持ちがいいのですよ。

 それが終わって、勉強中の家人弐には申し訳ないと思いながら、『落照の獄』を読み終えました。
 2009年かぁ…。小野さん、裁判員制度に思うところあったのかなぁ。
 読んでいて、うらこびとを捉えて離さなかった思いは、司法のことに疎ければ疎いほど、情が優先してしまうというのではないだろうかということ。瑛庚に法の運用のあり方を説明されて、納得。しかし、子どもを殺された親の言い分を聞くと、それも納得。情にブレーキを掛けるものを、うらこびとは持っていないですの。

 その上、例えば自分が瑛庚の立場で同様の場面にいたらどう考えるのか、子どもを殺された親の立場でいたらどう考えるのか…と思いを巡らせてみたものの、やはり、自分の身に降りかかっていないことなので、人事のようにしか考えられないですの。
 同時に、狩獺や恵施の様な部分を、自分が持っているかと問われると、否定はできない恐ろしさを感じてしまいましたの。

 柳国が傾いているというのは『風の万里 黎明の空』でも少し触れてあり、どんなストーリーが小野不由美さんの中で出来上がっているのだろうと、キョウミシンシンだったのですが、正直、うなってしまいました。国の傾きは、司法という観点から描かれていました。(そう言えば、本編で他国が倣うほど法のしっかりした国と、伏線がはられていましたね。)
 そして、裁きの難しさが、人の心の教化の可能性までも含んでいるからであると、うらこびとに教えてくれた人が今までに居たでしょうか。非道なニュースを見て好き勝手に批評批判しているのでは、「責難は成事にあらず」なのでしょう。おっとと、これは、また別の国のお話でした。

 柳国の王様を直接登場させること無く、一行にも満たない言葉のみを使って王様の失道に向かうが暗示されている見事さ。
 そのほかにも、役職、役職名しかり、刑罰のありかたに微細な設定が施され、『十二国記』ワールドますます堅固なり。

 と、うらこびとが今更言わずともですよね…失礼いたしましたぁぁぁcoldsweats01

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家族麻雀のすゝめ

 なんてタイトルの本やアニメーションがある訳ではないですの。何時ぞやのシーズンに『咲―SAKI―』が放映された折、うらこびと家に麻雀ブームがやってきました。

 アニメーション先行で原作を読んでないので、未だにお姉ちゃんやお母さんの謎が残りっぱなし。全国大会の行方もどうなってるのでしょうか…なのですが。結構、登場人物が個性派揃いで好きでした。気にしつつ、次を期待しつつ、なんだかもう忘れそうになっております。

 登場人物が多かったので、うらこびと家では人気も割れてしまいましたの。
   家人壱……日常・普通・平凡をこよなく愛すため、タンヤオ好み
           →→→宮永 咲、竹井 久
   家人弐……男子キャラは真面目・色ネタ無しが好みだが
          女子キャラは統一した好みがないらしい、
          役無しリーチ
           →→→染井 まこ・原村 和・福路 美穂子
   うらこびと…元気のよいときはいいのだが、
          後半疲れが出てきたら
          後は他力本願のトイトイ攻撃
           →→→片岡優希

 家人弐、バカテスの姫路さんの例もあるので、ピンクの髪と巨乳がポイントですかしら…。であるならば是非、ラクス様も好きになっていただけますか。お、ピンクの髪はクリアーですが、巨乳が微妙…?いや、結構いけてると思うのですが、それは、わたくしの名を騙っていた方のほう?

 釘宮理恵さん、アルフォンス君とか小森君とか泰麒君(君って、おいおい…)とかしか知りませんでしたの。片岡優希の釘宮さんもよいですねぇ、よいですねぇ。
 エンディングも元気いっぱいで、ぶっちぎりだぢぇ~punch

 福山潤さんは、やはり、お前さんは何様だい?と訊きたくなるような上から目線(ルルーシュやらゴーシュじゃなくってノアールの方、ど、ど、ど、どんな時もかっこいいレオパルドとか…)の方が好きかなぁ。あ、でもグレルは悪くないですの。声だけで「し・に・が・み・DEATH」って、ちゃんとアルファベットに聞こえてしまいますものね、さ・す・がDEATHcatface

 ところで、うらこびと家、三人しか存在しないため三人打ちかと思いきや、麻雀暦の一番長いうらこびとが二人前打っておりますの。点数計算もやらされてなので、あわせて疲労のスピードが通常の3倍horsedash

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とりあえず「堕」は回避できたのでその目的は達成したのかもしれませんが、ネガティヴすぎる

 食べ物、たいていのものはいただけますが、ごめんなさい、ザーサイだけは食べられないですの。

 同じく、アニメーションに関しても、たいていのものは見れます。…っていいますか、根がグータラなのでダラダラと見ちゃうといいますか…。もちろん、「微妙~っ」て思いながらも見ているのありますが、一日アニメーションを見ていていい日があったりしたら、たいていのアニメーションであれば、TVの前でトドになって見ていると思う次第ですの。
 前回、少々触れた日常系(?)アニメであっても、このような言い方をする限りでは例外ではありませんの。

 なのですが、なのですが、動物や昆虫や日用品がしゃべるアニメーションは、ごめんなさい、どうしてもいただけませんの。
 幼少の頃でさえ、なんといいますか、某テレビ局の学年別の道徳教材番組やら、長じては中学生少年少女の日記番組やらを見るような、そんな気分にさせられてしまいましたの。

 制作会社の方々、ごめんなさい。決して批判しているわけではないですの。自分の内面を映す鏡とでもいいましょうか。

 この、「道徳的」というセンスが、幼心に嫌悪にも似た感情を抱かせたのかなぁと感じました。
 「そんな奔放なことしてたら→→ほらぁ、やっぱり堕ちたでしょ→→でも、許す度量の大きい人がいて、当人も海よりも深く反省したので大団円」という構図の中の、「堕」一歩手前の心の重さは、この上なくどんより恐ろしい。底なし沼か、はたまたブラックホールの如きものに飲み込まれていく心持になってしまいますの。これが、とても辛かったですの。
  と、これは、今の私の年齢で幼少の頃の心持を分析したので、子どもの私が明確にそのように考えていたのではないですぅ。当時はただ、漠然と「嫌~~な気持ち悪い感じ」だったですの。

 その後の大団円にも、いささか疑問をもっておりました。実際のところ、100同じ話があったとしてせいぜい1か2が、大団円をむかえられる割合かしら?もっと少ない割合?
 大団円、温か過ぎるデスぅcrying眩し過ぎるですぅshineshineshine
 「自分が奔放してみる。おお、きっと甘美な世界でしょう→→堕ちるのは怖~い→→私だったらきっと、堕ちっぱなしにちがいない→→怖いの嫌だからやめとこう」ネガティヴな思考回路で、なんとか「堕」は回避。うらこびと、やはり、人間が小さいですねぇcoldsweats01

 更に、ますますのこと、幼い私が拒否反応を示したのは、その「道徳的」なことを人間じゃないものが演じていたことに対してのように思いますの。
 これに関しては、たとえ幼い子に対してであっても(いや、幼い子に対してだからこそかも……)やはり、人が人に語った方が好いのではないか?……と思わずにはいられません。

 ん、見えましたのflair
 要は、「道徳性」が人でないものと結びついていると、苦手ですの……?
 人が演じるバリバリ道徳的アニメーションとか、動物・昆虫・日用品がしゃべるけど道徳的でないアニメーションとかだと、穏やかに視聴できるのかしら?
 試してみたいけれど、あるかしら……

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久々に読んだ『十二国記』シリーズ、うん、心の背筋が伸びました

 個人の心の葛藤は、なかなか他人には分かるものではないと、『十二国記』を読むたびに思いますの。
 綱渡りのような葛藤し、そして、どちらを選択しても墜ちてしまう。この葛藤の様子を知らない第三者は、やはり、結果だけを見るしかないので結果の悪さに一瞥をくれるだけになるのだろうけれど。それでも、万人に理解されずとも、一番伝えたい人、それがわずか一人だけであったとしても伝わればそれでいい。解り合えた瞬間があればそれでいい。

 でも、実際そうなのかな。自分自身も皆に好かれたいなんて周りを気にする思春期特有の考えなどは、とうに忘却の彼方。(←←これ、おばさん化現象といいますのcoldsweats01)やはり、今では数名の自分を理解してくれる人に真摯に接していければ、それでいいかなと思っていますの。

 そう、それで『十二国記』、ふわっと終わるのは『図南の翼』だけかなぁ。今回、新しく読んだのは『丕諸の鳥』だったのですが、シリーズ(番外編的な小さなお話を含めて)を重ねるにつれて「疑念や後悔や葛藤→苦渋の決断→真に得られた理解者と、困難な道程とは分かっているが敢えて進んでいくべく一歩を踏み出そうとしている」が濃くなってくるようで。ただ、物凄く主観的な書き方になってしまうけれど、この区切りのつけ方、今の自分の年齢や気持ちにすごく合っていて、気持ちが好いのです。

 そう、今は遠くに見える小さな輝きだけれども、ひとつひとつの困難を乗り越えていけば、それは眩い輝きとなって皆を包んでくれるだろうという、先の明るさを含んでいる物語の一区切り。モチベーションの高い状態での一区切り。このような一区切りの連続で人生紡げたら幸せですの。このupup気持ちを持続させるために、時々読み返してしておりますの。

 この『丕諸の鳥』は『十二国記』世界の設定、更に細部までに到っています。今の言葉で言うなら儀礼式典を執り行うための、しかも、その式典のうちの一つに携わる役職の設定です。キッチリと役職名、役割が描かれていました。さすがですぅ。
 その役職についている人物の役職に取り組む心持を通して、そう古くはない慶国の興亡、慶国へ(新王へ)の失望と期待というものが読む側に伝わります。

 常々思うことに、短い台詞が琴線に触れます。近代の文学作品に比べると台詞は多いですが、ライトのベルのように台詞の掛け合い率が高いわけではないので、台詞の一つ一つが重みがあるのです。
 『忘れがたいものを見せてもらった。……礼を言う』
 陽子の玉座に着くまでの道程、玉座に着いてからの一山を先に読んで知っている上で、丕諸の心のうちを読み進めてきた時、この台詞が「丕諸と慶国」「慶国と陽子」を繋いだと、思わず目頭熱くなりましたの。

 そう、市民は市民の感じ方で考え他を評価する。役人もそれぞれの階級や職の内容にに見合った感じ方で他を評価する。王様は王様の立場に見合った考え方をしなければならない。その、内面は推し量るしかないのだけれど、接点がある限りはそれが好い繋がりであると嬉しい。それは、物語の中でも現実の生活でも。

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ちっちゃいんです…

 実は、我が家のテレビ受像機16インチですのcoldsweats01sweat01

 何が不便って、近頃のアニメーション(というか、各種番組全般)オープニング、エンディングのテロップの文字が小さすぎて、肝心のキャスティングやらデザイン、制作その他、読めないですの。
 これって、大きい画面だと、やっぱり大きく見えるのかしら…tv

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